【影山摩子弥先生(横浜市立大学名誉教授)インタビュー】大学生が統合報告書を武器にする方法

「就職活動で、企業の本当の姿を知るにはどうすればいいですか?」
多くの学生が抱くこの問いに対し、横浜市立大学名誉教授であり、CSR&サステナビリティセンター長を務める影山摩子弥先生に、お話しを伺いました。
影山先生のご専門は、「経済システム論」や「経済原論」という、経済の仕組みを根本から問い直す理論的な学問です。先生は、その理論を現実の社会に接続するため、実際の授業の中で「統合報告書」を教材として扱ってこられました。
日本におけるCSR(企業の社会的責任)およびCSV(共通価値の創造)研究の第一人者でもある先生が説く、大学生が統合報告書をどう読み、どう自分の武器に変えていくべきかの考え方をご紹介します。
「読む」だけ?統合報告書を「作る」ワークショップ
影山先生は、学生に統合報告書を読ませるだけではなく、大学の授業のなかで、「統合報告書を作る」というワークショップも行っていました。なぜ、統合報告書を作ることが必要だったのでしょうか?
「読むだけでは、どうしても受け身の姿勢になってしまいます。企業の言いたいことを鵜呑みにするだけでは、企業を見抜く力はつきません。統合報告書を自分たちで一から作ろうとすると、『この戦略を実現するためには、どんな人材が必要なのか?』『このデータが欠けているのはなぜか?』といった疑問が次々と湧いてきます。この『作る側の視点』を持つことが、企業の本質を見抜く力になるのです」と影山先生。
今や、感度の高い学生はすでに統合報告書を読み始めています。しかし、そこで差がつくのは「どれだけ情報を集めたか」ではなく、「情報をどう解釈し、どう考えたか」という点だと先生は強調します。
影山先生が教える、就活生のための「5つの深読みポイント」
影山先生は、学生が特に注目すべきポイントとして以下の5つを挙げます。これらは、入社後の自分自身の幸せや成長に直結する項目です。
1)人的資本:人間を「資源(コスト)」と見るか、「資本(投資)」と見るか
まず、その企業が人間をどう捉えているかを確認してください。実は学問によって、人間の捉え方は異なります。私の専門である経済学(経済原論)の世界では、1960年代に人間を人的資本をとらえる観点が提起されました。「資本(Capital)」とは、価値を生む存在のことで、将来の利益を生む大事な資産です。
一方で、伝統的な経営学の世界では、人間は「人的資源(Resource)」、つまり効率的に消費されるべき材料であり、「コスト(費用)」として扱われてきました。価値を生むのは経営者の才覚であって、労働者はその手足に過ぎないというわけです。
最近は「人的資本」という言葉が広まっているので、人を「資本」と扱う企業が増えてきていますが、報告書の中でその言葉をほんとうの意味で理解して使っているかどうかも、チェックしてください。

2)戦略との連動:研修の数より、中計とのつながり
「研修が充実しています」という言葉を鵜呑みにしてはいけません。大切なのは、中期経営計画で掲げた目標に対し、それを達成するためのカリキュラムが論理的に組まれているかです。言い換えれば、事業戦略と人的資本戦略が連動しているかです。
戦略と教育がつながっていない企業は、場当たり的な育成しか期待できません。
3)社長のメッセージ:かっこいい言葉の裏付け
「ダイバーシティを推進します」と語る社長は多いですが、それが単なる流行語になっていないかチェックしてください。
例えば、女性管理職を増やすと言いながら、人材育成の仕組みの中にそのための具体的な施策が組み込まれているか。トップの想いと現場の仕組みが一致しているかを見るのです。
4)社会貢献:事業が「課題解決」につながっているか
単なる慈善事業と、事業を通じた社会課題の解決は別物です。例えばオムロンは、健康や生活にかかわる様々な事業を行うことが、「社会課題」の解決に直結しているという強い自負を持っています。事業戦略そのものが社会に貢献するストーリーになっているかを確認しましょう。
5)多様性の目的:イノベーションのためか
ダイバーシティを単なる「数合わせ」として捉えているのか、それとも「新しい価値(イノベーション)を生むために不可欠な要素」として捉えているのかを読み解いてください。
この認識の差が、入社後の組織風土に大きく影響します。
まとめ:統合報告書を、就活に活かすには?
影山先生が最も期待しているのは、統合報告書を読んだ結果として、面接で企業と「対等な対話」ができる学生が増えることです。
「統合報告書を読みました」で終わる学生は多い。しかし、企業が本当に求めているのは、「統合報告書の〇ページにある戦略を読み、私はこのように考えました。だから御社を志望します」などと、自分の考えを語れる学生です。
自分がどう扱われるか、企業がどこへ向かおうとしているのか。それを統合報告書から読み取り、自分の価値観と照らし合わせる。そうして生まれた「自分の言葉」こそが、就職活動における最大の武器になるのです。統合報告書を読み解くことは、単なる選考対策ではなく、「企業との共創の始まり」になるかもしれません。
影山 摩子弥(かげやま まこや)先生 プロフィール
横浜市立大学名誉教授。CSR&サステナビリティセンター長。専門は経済システム論、経済原論。日本におけるCSR・CSV研究の第一人者であり、理論と実践の両面から企業の価値創造プロセスを分析。学生と共に統合報告書を作成するワークショップなど、次世代のビジネスリテラシー教育に尽力している。

